本文へスキップ

研究research

研究プロジェクト

1) 細胞外小胞エクソソームの生理作用と放出機構

私達の体の中では、無数の細胞が互いに連絡を取り合い、情報を交換し合うことで私達の生命活動を支えています。このような細胞間の情報伝達機構はこれまで、表面蛋白質を介した細胞間結合による伝達機構や、サイトカインなどの分泌蛋白質を介した伝達機構が活発に研究されてきました。ところが最近、免疫細胞や癌細胞をはじめ、多くの細胞がエクソソームと呼ばれる直径30-100nmの小型膜小胞を放出することにより、遠く離れた細胞まで情報を伝達している可能性が注目されています。エクソソームは脂質二重膜で囲まれた膜小胞で、分泌細胞由来の膜蛋白質と細胞質成分で構成されています。エクソソームは、多胞体と呼ばれる細胞内小胞の膜が内側へと陥入し分離することにより産生され、多胞体が細胞膜と融合することで細胞外へと放出されます。

長年エクソソームは、不要または有害な細胞内成分を細胞外へと放出する為の機構と考えられてきました。中でも、アルツハイマー病やパーキンソン病などの原因となる蛋白質が、エクソソームによって細胞外へ放出される事が明らかとなり、これらの疾患の発症との関連性が示唆されています。一方、エクソソームには、その標的細胞に分泌細胞由来の蛋白質や脂質を運搬する機能があることが明らかになっております。特に、エクソソームには生体内抗原や、抗原ペプチド/MHC複合体が含まれていることが示され、免疫細胞間での抗原情報の交換や、免疫細胞の活性化・不活性化など様々な免疫応答を制御する可能性が示されています。更に近年、エクソソームの内側には、分泌細胞由来のmRNAやmicroRNAが存在することが明らかとなり、細胞間の遺伝子発現情報の交換に関与する可能性が示されております。このようにエクソソームには細胞間の情報伝達メッセンジャーとして、多くの重要な作用があると考えられていますが、その研究はまだ始まったばかりであり、今後大きな発展が期待される研究分野であります。

一方、これらの実験では培養細胞上清から精製し濃縮されたエクソソームが用いられており、このような現象が生体内で本当に起きているのかは未だに分かっていません。エクソソームの生理作用を明らかにする唯一の方法は、エクソソームの放出機構を明らかにし、それを亢進または阻害することによって、どのような生理現象が引き起こされるのかを解明することです。そこで私達の研究室では、次の3つの基本課題を明らかにすることを目標としています。

(1) エクソソーム形成・放出の分子機構
(2) エクソソームの生理・病理機能
(3) エクソソームの生体内動態

私達はこれまでエクソソームがアポトーシス細胞の貪食と同様の分子機構により標的細胞や食細胞に取り込まれるのを見出しましたが、今後は、細胞生物学、モデルマウス、生体内イメージング技術などを用いて、新たな情報伝達ネットワークを担うエクソソームの生理・病理機能と生体内動態を明らかにしたいと考えています。特に、エクソソームを介した免疫制御機構や神経変性疾患の発症機構、癌の進展機構などを解明し、これらの疾患の病態解明に役立てることを目標にしています。また、革新的なエクソソームの高純度精製法や高感度定量法、体内動態制御法を開発することにより、エクソソーム機能の解明に貢献することを目指しています。
(Sci Rep. 6:33935, 2016 など)





2)ミクログリアによる神経シナプス除去の分子機構

脳神経発達過程の初期において神経シナプスは必要以上に形成されますが、後期には重要なシナプスのみが維持され、それ以外のシナプスは除去されます。除去されるシナプスでは神経突起が変性し、脳内の免疫細胞であるミクログリアによって貪食除去されますが、この過程がどのように制御されているのかは明らかになっておりません。私達は、神経細胞から放出されたエクソソームが、ミクログリアに補体成分C3の発現を誘導することによって、シナプスの貪食除去を促進することを見出しました。以前より、発生過程のシナプス競合において、勝者のシナプスが敗者のシナプスを淘汰する為に、punishment signalを放出すると想定されてきましたが、その実体は神経活動依存的に放出されたエクソソームなのではないかと考えられ、その生理・病理的意義の解明を目指しています。
(Sci Rep. 5:7989, 2015)




3)血球貪食症候群の発症機構


通常マクロファージは死細胞のみを選別して貪食し、生きている細胞を貪食することはありません。ところが、ウイルス感染や自己免疫疾患・悪性腫瘍などにより生体内で重篤な炎症反応が生じると、マクロファージが暴走し自己の血球を生きたまま貪食する「血球貪食症候群」が引き起こされます。この疾患は極めて重篤な致死的疾患ですが、その分子機構はほとんど解明されていません。そこで私達は、マクロファージに様々な炎症性刺激を与えることにより血球貪食を誘発し、その貪食効率を定量化できる実験系を樹立しました。次にこの実験系を用いて、炎症性刺激によりマクロファージに誘導される貪食関連分子のスクリーニングを行い、ICAM1やVCAM1などが各血球に特異的な受容体として発現誘導されることを見出しました。将来、これらの分子の阻害により、血球貪食症候群の治療法の開発が可能になることを期待しています。
(EBioMedicine. 22:89-99, 2017)





4)マクロファージによるリソソームの開口放出機構

マクロファージは炎症の発症に中心的な役割を担う細胞です。動脈硬化などの慢性疾患や病原体の感染により活性化したマクロファージは炎症性サイトカインなどの生理活性物質を放出し炎症を惹起します。この過程でマクロファージは多くの死細胞や細菌を貪食しリソソーム内で融解しますが、リソソームの一部は分泌型リソソームとして細胞膜と融合しリソソーム内の残渣をリソソーム酵素とともに周囲に開口放出します。リソソーム酵素の放出は未除去の細菌や死にかけの細胞を融解して死滅させる一方、放出が過剰になると健全な細胞をも融解し壊死させ蛋白質の分解を引き起こします。その結果、更なる炎症や組織傷害を惹起すると考えられます。この現象は他者融解(heterolysis)と呼ばれていますが、この過程を制御する分子機構はこれまで明らかになっていません。そこで私達は、マクロファージによるリソソームの開口放出の分子機構を同定するとともに、この現象と炎症性疾患との因果関係を明らかにすることを目標にしています。





これまでの研究成果

5)マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食機構

生体内で不要になった細胞や有害となる細胞はアポトーシスとよばれる機構により死滅します。私達の体の中では1日に数千億もの細胞がアポトーシスにより死滅し、新しい細胞に置き換わります。生体内でアポトーシスを起こした細胞はマクロファージなどの食細胞に速やかに貪食され除去されます。私達は、この過程に関わる分子機構を明らかにする為、マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食を定量化する実験系を樹立しました。次に、マクロファージ表面蛋白質に対するモノクローナル抗体を約3千種類作製し、これらの抗体をそれぞれ貪食の実験系に加えたところ、一つの抗体が貪食に影響を与えることを見いだしました。そこで、この抗体によって認識される蛋白質を精製し同定したところ、MFG-E8と呼ばれる蛋白質でありました。MFG-E8はC末端側のC1, C2 領域を介して、アポトーシス細胞の細胞膜表面に露出されるリン脂質ホスファチジルセリン(PS)と特異的に結合することが分かりました。さらに、MFG-E8はN末端側のRGD配列を介してマクロファージ上のインテグリンとも結合し、マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食を強く促進する分子であることを示しました。
(Nature. 417(6885):182-7, 2002)


生体内でMFG-E8は、脾臓やリンパ節などの胚中心に存在する胚中心マクロファージに強く発現しています。胚中心は、Bリンパ球が成熟する場所ですが、低親和性もしくは自己反応性の抗体を産生するBリンパ球はアポトーシスにより死滅し、胚中心マクロファージに貪食されて除去されます。MFG-E8欠損マウスでは、胚中心マクロファージが死んだBリンパ球を効率良く貪食することができず、マクロファージの細胞外に貪食されなかったアポトーシス細胞が多数留まっていることが分かりました。貪食されなかったアポトーシス細胞の細胞膜には穴が開いてしまい、炎症を引き起こす細胞内容物(DAMPs)が周囲に漏出し免疫系を活性化します。その結果、MFG-E8欠損マウスは、胚中心の顕著な拡大を伴った脾腫を呈し、抗核抗体、抗二本鎖DNA抗体などの自己抗体を産生する全身性エリテマトーデス様の自己免疫疾患を発症する事を示しました。
(Science. 304(5674):1147-50, 2004)

更に私達は、授乳期が終わり退縮を始めた乳腺でMFG-E8が強く分泌され、不要になった乳腺上皮細胞を除去していることを見出しました。MFG-E8欠損マウスでは、乳腺上皮細胞の除去だけではなく、乳脂肪球の除去も障害されており、その結果、乳管が著明に拡張した慢性乳腺炎を発症することを示しました。
(PNAS. 102(46):16886-91, 2005)




6)蛋白質の分解異常による神経シナプス除去の発症機構


留学先であるMichael E. Greenberg博士の研究室では、Angelman症候群という小児の精神遅滞の発症機構を研究しました。Angelman症候群は、Ube3Aというユビキチン転移酵素の変異により発症することが知られていましたが、病気の発症原因となるUbe3Aの基質は長らく不明でありました。私達は定量的質量分析法を用いた網羅的プロテオーム解析により、その基質の一つがArcと呼ばれる蛋白質であることを突き止めました。さらにAngelman症候群では、神経細胞で分解されずに蓄積したArcが、AMPA型グルタミン酸受容体の細胞表面での発現を阻害する事により、神経シナプスの除去を促進することを明らかにしました。この神経シナプス除去がAngelman症候群の発症原因である可能性を示しました。
(Cell. 140(5):704-16, 2010)